お寺に行った時の話

昨日、私の家の先祖が眠っている納骨堂がある寺に先祖供養に行きました。年齢を重ねていくうちに、この「先祖供養」に対しての気持ちが変わってきた。「『先祖』が居られたから、今の自分が居る」と当たり前の事だが、そのことに対して「ありがたいなぁ。」と感じれるようになってきました。
お寺に着いて、そのお寺での住職の話しで四字熟語で「寸善尺魔(すんぜんしゃくま)」の話があった。初めは「寸善尺魔(すんぜんしゃくま)」の意味が解らなかったので、この「寸善尺魔(すんぜんしゃくま)」のインターネットを使って意味を調べた。その意味は、「小さな善と大きな魔。世の中には、よいことはほんの少ししかなく、悪いことのほうがずっと多いこと。また、よいことが少しあっても、悪いことに邪魔されること。」とあった。「考えてみたら、人生はそのような流れになっているなぁ。」と感じたので、お寺の住職の話に納得した。私は月に一度、お寺に行くようにしているが、毎回、私にとっては、為になる話しをして下さるので、有難い。お寺の帰りに父の車で来ていたので車の中で今日の住職の「寸善尺魔(すんぜんしゃくま)」について話をしたのと、9月にそのお寺の元となるお寺に行く話しもした。そのお寺は、住いから遠いので泊りがけで行く予定にしている。久しぶりの家族旅行みたいでワクワクしています。

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